日本最南端の沖縄で最も老舗の呉服店

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十文字屋の歴史

創業者 中西惣吉
            昭和8(1933)年頃

創業者 中西惣吉
昭和8(1933)年頃

十文字屋呉服店は多くの商店の集まる那覇市石門通りに移転、拡張した 店舗裏側に渡り廊下で繋がっていた本宅や庭があった 昭和7(1932)年頃

十文字屋呉服店は多くの商店の集まる那覇市石門通りに移転、拡張した 店舗裏側に渡り廊下で繋がっていた本宅や庭があった
昭和7(1932)年頃

家族・従業員揃って。番頭と丁稚、女性は従業員と女中。 男女共全員住み込みで働いた 昭和11(1936)年頃

家族・従業員揃って。番頭と丁稚、女性は従業員と女中。 男女共全員住み込みで働いた
昭和11(1936)年頃

沖縄きものの女王と店内で撮影。後列右が三代目久彌。久彌は沖縄着物振興会会長として沖縄きものの女王の審査員を務めていた 平成4(1992)年頃

沖縄きものの女王と店内で撮影。後列右が三代目久彌。久彌は沖縄着物振興会会長として沖縄きものの女王の審査員を務めていた
平成4(1992)年頃

戦後、元の沖縄三越の場所に再建を果たした昭和32(1957)年頃

戦後、元の沖縄三越の場所に再建を果たした
昭和32(1957)年頃

戦後、再建した十文字屋呉服店の店内 昭和32(1957)年頃

戦後、再建した十文字屋呉服店の店内
昭和32(1957)年頃

創業100周年記念祝賀会にて 平成24(2012)年

創業100周年記念祝賀会にて
平成24(2012)年

大正元年 (1912) 初代・中西惣吉(そうきち)が京呉服を沖縄に広めるために京都から沖縄に渡り、旧那覇市上の蔵(現在の那覇市西町周辺)にて十文字屋呉服店を創業
昭和4年 (1929) 那覇市の石門通りに移転 二代目・久四郎(きゅうしろう)と共に順調に商売を繁盛させる
昭和16年(1941) 太平洋戦争開戦
昭和19年(1944) 十・十空襲 旧那覇市街の90%が焼失し十文字屋呉服店も焼失した
昭和20年(1945) 戦時中、那覇市警防団長を務めた二代目・久四郎殉職。
沖縄戦終結。
昭和32年(1957) 三代目・久彌、妻・康子(現会長)とともに十文字屋呉服店を再興(後の三越デパートの場所にて)
昭和42年(1967) デパート大越(後の三越デパート)を建設・開店することに伴い立ち退き、一時、大越内で営業。同年、現在の場所、国際通り中央に移転
昭和61年(1986) 現店舗に改装
平成24年(2012) 創業100周年記念祝賀会開催
四代目・久治社長就任
現在に至る
きものコンシェルジュ きものクリニック